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長編

Struggles of the Empire
皇帝ラインハルト死後、摂政皇太后ヒルダが直面する内紛を描きます。

ドラゴンクエストVIII 二次創作 それからの旅
冒険がすべて終わった後の、それぞれの歩みを描きます。

エッセイ

銀河英雄伝説のこと
銀河英雄伝説とジェンダー

Struggles of the Empire 目次

第1章 伝説の終焉
 1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/

第2章 十一月の新政府
 1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/13/

第3章 シュナイダーの旅
 1/2/3/4/5/6/7/

第4章 ワルキューレは眠らず
 1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/

第5章 ロキの円舞曲
 1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/

第6章 終わりなき夜に生まれつく
 1/2/3/4/5/6/7/8/

第7章 我らは嘆かず、遺されしものに力を見出すなり
 1/2/3/4/5/6/7/8/

第8章(終章) 両雄の勅令
 1/2/3/4/5/6/完結/あとがき

Struggles of the Empire 第8章(終章) 両雄の勅令(6)

 新帝国暦8年5月1日、シュナイダーは惑星テルヌーゼンの地方都市、アマルフィにいた。アマルフィは人口がわずか2万人であり、これという見るべき物も、語るべき産業も無かったが、その町外れに小さな養護施設があった。
 バーラト星系の養護施設はほとんどが公営であったが、ごく例外的に民間のものがあり、そのほとんどは宗教団体が運営していた。バーラト星系では宗教活動は決して活発ではなかったが、古代よりの宗教のいくつかが細々と存続していて、その養護施設は統一キリスト教会が運営していた。と言っても、宗教教育を施すのは固く禁じられていて、そういうところで育ったからと言って、ほとんどの子は信仰心を持たなかったが、日常的に宗教者と接していれば、影響を受ける子も稀にはいた。
 シュナイダーが面会を求めた少年もそのようであって、会ってみれば非常に穏やかな表情をした、優しそうな少年であった。
 学園長のシスターに同伴されて、面談室に現れたその少年は何人もの幼い子供たちにまとわりつかれながらも、迷惑がる風でもなく、優しく、
「お兄ちゃんはちょっと、お客さんとお話があるからね、あちらで遊んでおいで」
 と諭すのであった。
「まあまあ、子供たちが騒いでごめんなさいね。お客様が珍しいものだから。アーウィンは本当に優しい子で、よく下の子たちの面倒を見てくれているんですよ。できればここに残って、私たちの後を継いで欲しいくらいなんですが、この子には将来がありますからね。私たちの都合を押し付けるわけにはいきません」
「そうおっしゃっていただけるだけで僕は本当に幸せです。ここに来て、僕は初めて家族のぬくもりを知りました。園長先生は僕のお母さんだからなんでもお手伝いするのは当然です」
 アーウィンと呼ばれたその少年はにっこりと笑った。この子にはどこかしら人の心をつかむところがあり、それだけでシスターはとろけるような喜びを感じるのであった。
アーウィン君は、物心ついた時からこちらに?」
 シュナイダーは尋ねた。それについてはシスターが答えた。
「いえそうではないんですよ。あれは7年くらい前かしら。あの頃はあなたは痩せて小さかったわよね。叔父さんとおっしゃる方が、アーウィンを連れてきて、面倒をもうみられないから、頼むとおっしゃって。あなたはあれから半年くらいはほとんど口も利かないで、沈んでいたのよね」
「もうずいぶんむかしのことです。僕はあの頃は他人を信じられなかったんです。そんな僕をここの人たちは受け入れてくれて、次第に笑うことを覚えていったんです」
「失礼ですが差支えなければ君の社会保障証を見せてもらってもいいかな」
 アーウィンはそう言われるのを予想していたのかそれを持参していて、シュナイダーに差し出した。社会保障証は自由惑星同盟の時代からすべての同盟市民に配布される身分証明証で、そこにはアーウィン・シルヴァー、と書かれていた。
「ハイネセンの生まれなんだね」
「そうらしいんですが転々としていて、ハイネセンのことは正直記憶にありません」
「たぶん私はハイネセンで君とは何度か会っていると思うよ」
 シュナイダーがそう言うと、アーウィンは笑みをたやしはしなかったが、明らかに表情をこわばらせた。
「まあ、では、この子のおじさんのお知り合いですか」
「ええ、そうです。もうこの子のおじさんはいませんが、言伝のようなものがあります。園長先生、差支えなければ、アーウィン君としばらくふたりだけにさせていただいてもよろしいでしょうか」
「え、ええ、それは構いませんが、それでいいの?アーウィン
「はい。僕からもお願いします。我がままを言ってすいません」
「分かったわ。用があるならすぐに呼んでね。子供室にいますから」
 そう言って、シスターは立ち去った。シュナイダーは立ち上がり、窓の外の運動場を見ながら話し始めた。
「君のおじさんには苦労させられた。二重に罠を仕込んでいたんだからね。ランズベルク伯は、銀河帝国正統政府の崩壊の直前に、短期間、ハイネセンを離れている。そして混乱の中、ハイネセンに戻り、気が狂ったふりをして、遺体安置所から少年の遺体を盗み出して、その少年が彼がハイネセンからテルヌーゼンに連れ去った少年であるかのように扱い、手記を残した。最初に罠があることは帝国憲兵も気づいたがそれが二重構造になっていることにまでは分からなかったようだ。大した役者だよ、君のおじさんは。残念ながら彼は先年、収監されていた精神病院で亡くなったそうだ。最後まで演じきったってわけだ」
「彼だけが結局、僕のためを思ってくれたわけです。ああいう形で関わった人ですが、今はご冥福を祈りたいと思います」
「ところで私のことは記憶にあるかい?メルカッツ提督の副官としてお会いしたのだが」
「すいません。あの頃のことは本当にぼんやりとしか覚えていないんです。生まれてからずっと、長い悪夢を見ていたようで。メルカッツ提督のことはかすかに覚えています。優しそうな人だった。僕のことを心配してくれているような。でもあの人も亡くなったのですよね」
「私は彼の遺志でここに来たんだ。君が幸福かどうかを確かめて欲しいと」
「僕のことを気にかけてくれていた人がいたんですね。それだけで僕は十分にしあわせです」
「君はここで十分にしあわせそうだね」
「ええ、とてもよくしてもらっています。僕の一族の人たちもこういうところで育てられたらあんな風にはならなかったでしょう。それが残念でなりません」
「君は元の立場に戻る意思はあるのかい?」
「それだけはごめんこうむります。今の皇帝にも僕は同情しているんです。彼の父親は好き好んでその立場になったんだからそれでいいでしょう。けれども子供にまで重荷を負わせるのは、負わされる身のことを考えれば気の毒としかいいようがありません」
「そうだね、私もそう思う」
 シュナイダーは右手を差し出した。アーウィンは不思議そうにその手をとると、シュナイダーはアーウィンの手を強く握った。
「しあわせになってくれてありがとう。あの混乱の中では多くの人たちが不幸になってしまった。そんな中で、年端もいかない子供だった君のことがずっと気にかかっていた。君が今、しあわせでいてくれて、報われた思いがする」
「そうおっしゃっていただけると、僕も嬉しいです。本当は、僕の立場だったらしあわせになってはいけないんでしょうけれど。僕の一族は多くの人たちを不幸にしましたから」
「だからと言って、君がそれを背負う必要はない。君は君だ。君の人生は君だけのものだ。そうだろう?」
「そう思ってもいいんでしょうか」
「君の人生はまだ始まったばかりじゃないか。ここはとてもいいところだけれど、そう遠くない日に君はここを出ていかなければならないだろう。違うかい?」
「ええ。シスターたちは残って欲しいようですが、いずれはそうなるとしても、その前に世界を見てみたいんです。僕がいなくなってしまったことで、世界がどうなってしまったのか。それが義務のような気がして」
「君が負う義務なんてないんだよ。でもそういう気持ちがあるなら、私と一緒に旅をしてみないか。そう、君さえよければ、私の息子として」
「僕が、シュナイダーさんの息子に?」
「そうすれば君は少なくとも私をしあわせに出来ると思うよ。まずはそこから始めてみてはどうだい?」
 シュナイダーはにっこりと笑った。
 アーウィンは数秒とまどっていたが、やがて満面の笑みを浮かべた。
「嬉しいです。僕にお父さんが出来るなんて」
「君はこれからもっともっとたくさんのしあわせを知るだろう。そしてそのしあわせをいつか他の誰かにも与えられるようになったらいいね」
 アーウィンは強くうなづいた。
 シュナイダーの旅はこうして終わった。シュナイダーは結局、「エルウィン・ヨーゼフ2世」を見つけることは出来なかった。しかし、代わりに息子、アーウィン・フォン・シュナイダーを見つけた。
 シュナイダーの旅は終わり、シュナイダーとその息子の旅が始まる。

                                               (完結)

Struggles of the Empire あとがき

 数日、執筆できないので、書けるうちに書いてしまおうとして最後は駆け足になりましたが、銀河英雄伝説の長編二次小説"Struggles of the Empire"、完結しました。
 自分がこれまで書いた小説の中でもたぶん一番長いものなのかなあと思います。
 書いていて思ったのですが、やっぱり田中芳樹先生はすごいですよね。だれることなく、最後まで一気に読ませますから。それに比べればこの作品は足元にも及びません。言い訳をさせてもらうと(笑)、艦隊戦は銀英伝の華、その艦隊戦を使えないのはなかなか苦労しました。艦隊っていうのはどこかで湧き出てくるものじゃないですからね。それに統一後も艦隊戦が起こるようだったらラインハルトが為した統一ってのは一体なんだったんだってことになりますから。
 それでお読みいただいたような、"struggles(もがき、苦闘)"の話になったんですが、まあ、あんまり爽やかではないですよね(笑)。ここは一発、爽やかに「ファイエル!」なんて叫ばせたいとうずうずとしたんですが、繰り返すようですが艦隊戦は使えなかったんです(泣)。
 それと作中でも言及しましたが、本編は本当に、トラブルの種を全部潰して綺麗に終わってるんですよね。ヒルダと対立しそうなオーベルシュタイン、ロイエンタール、レンネンカンプあたりはカイザーがまとめてヴァルハラ送りにするという。二次創作を書いてみていっそう、ああ、田中先生は本当に続編をお書きになる気は無いんだなと感じました。
 ただトラブルがないと話のタネがありませんから(笑)。
 最初から全体の構想があったわけじゃなくて、書きながら考えていったんですけど、第二章くらいまでは本編の後日譚だったので妄想しまくりで書いていて楽しかったんですが、それ以後ももちろん楽しくはあったんですが展開がよりオリジナル寄りになって、いろいろ無理をしたなという感じはします。
 ともあれとにかく完成したので今は満足です。
 drei-3cucuさん、白詰草さん、michikaさんはじめ、読者のみなさまには励ましていただきました。心より感謝いたします。
 また、数多くの記憶違いを修正していただいたこと、本当にありがとうございました。
 誤字脱字がずいぶん残されていると思いますので、しばらくは修正作業に入りたいと思います。
 銀英伝については14歳くらいの頃の皇帝アレクを主人公にしてコメディタッチのものが書けたらなあと更に妄想を逞しくしておりますが、その時にはまたお読みいただければ幸いです。
 読んでくださってありがとうございました。       
                                        takeruko

Struggles of the Empire 第8章(終章) 両雄の勅令(4)

 新帝国暦7年4月1日、予定通り、帝国議会選挙が実施され、共和党と連立を組んで与党となった保守党から、ウォルフガング・ミッターマイヤー党首が首班指名を受け、ローエングラム王朝の初代内閣総理大臣となった。バーラト自治政府ヤン・ウェンリー党を母体としていた民主党は、第一党にはなったが、過半数を制するには至らず、保守党と共和党の連立政権の発足を許すことになった。
 同日、バーラト自治政府は法的に正式に終焉を迎えた。銀河帝国全土において議会制民主主義が達成されるならば、バーラトにおいて独立国家を維持する意味は無くなったからであった。銀河帝国はおおむね星系ごとに州が置かれ、州の自治権は大幅に拡充された。銀河帝国は議会制民主主義国家に移行するのと同時に、連邦制に移行した。
 バーラト星系では、銀河全体の人口の1割を占める惑星ハイネセンに独自の州、ハイネセン特別州が置かれ、バーラト州の首都星はテルヌーゼンに移動することになった。
 フレデリカ・グリーンヒル・ヤンは首相公邸で、後任のハイネセン特別州刺史マグダレーナ・フィルボット女史に、引継ぎを終え、その時点で無位無官の一民間人に戻った。もっとも、フレデリカがカリスマ的な存在であり、好むと好まざるとに関わらず政治的な余韻の中になおも居続けなければならなかったから、フィルボット刺史の好意によって、当面、公費にてボディガードがつけられることになった。主要政治家の護衛を任務とする特殊警備隊の隊長カスパー・リンツがフレデリカの護衛に充てられた。
 ハイネセンにはもう、ヤン艦隊の人々はほとんどいない。ヤン・ウェンリー党が発展解消して成立した民主党の党首にはキャゼルヌが推されて就任、オイゲン・リヒターが幹事長に就任していた。彼らは帝国代議院議員としてフェザーンにいる。バグダッシュも、ホアン・ルイも、シトレも、アイランズもみな、帝国代議院議員としてフェザーンに移動していた。
 引き続き、民主党の党首となって議員となり、党を率いることを懇願された時、フレデリカはきっぱりとそれを断った。
「ヤンの遺志は叶ったのですから、ヤンの未亡人としての私の責務もこれでおしまいです。政治からは引退します」
 とはっきりと宣言した。数々の慰留があった。皇太后ヒルダからも直々に通信があり、代議院議員として議会に入って、引き続き国家の礎を支えて欲しい、それが叶わぬならせめて元老院議員として、自分を補佐して欲しい、との懇願もあったが、それも謝絶した。
 ユリアンやキャゼルヌなど、フレデリカに近い人は何も言わなかった。フレデリカはやってみればかなり政治家向きではあったが、向いているからと言って、当人がそれをやりたいとは限らないからであった。フレデリカの場合は、どうしてもヤン・ウェンリーの影を背負ってしまう。フレデリカ・ヤンとしてではなく、ヤン夫人として生きることを強いられていた。ヤンの死去から5年が過ぎて、ヤンへの思いが薄らいだわけではなかったが、未亡人として生きること、しかも公的に未亡人扱いされることは、フレデリカはもううんざりとしていた。
 まずはフレモント街の旧宅に移り、近隣の人々と旧交を温め、たまには「孫」と超光速通信を介して話して、ボランティア活動を熱心に行い、そういう日々をフレデリカは送った。
 フレデリカを護衛するのは、リンツの任務であったが、24時間警護するためか、いつしかリンツはフレモント街のヤン邸に越してきた。護衛者と護衛対象者の関係を越えて、フレデリカとリンツの関係が密接なものであるのは誰の眼にも明らかであったが、それ以上はなかなか発展しなかった。
 再婚するのはヤンへの裏切りではないかとの思いがやはりフレデリカの胸の内にあったからであり、リンツも、忠誠を誓ったヤン・ウェンリーの後釜に座るような真似は、なかなか出来なかったからである。
 ただ、ユリアンたちには黙っていることは出来ないと言って、リンツはまず恐る恐る、カリンにフレデリカと交際していることを報告した。それとなくユリアンにもうまく伝えて欲しいとカリンは頼まれたが、カリンにもユリアンがどのように反応するかは分からなかった。カリン本人はヤン・ウェンリーを敬愛はしていたが、死者に貞節を尽くして、生きている者が幸福になれないなんて馬鹿げたことだと他人事ならばそう思ったので、代父であるリンツにしっかりやるようにと激励したのであった。
 ユリアンはその報告をカリンから聞いて、その場ですぐにフレデリカに連絡を取り、フレデリカが再婚するつもりならば反対するつもりはないこと、むしろリンツと一緒になって幸福になって欲しいとはっきりと伝えた。
 このユリアンの言葉が後押しとなって、リンツはフレデリカに求婚し、フレデリカはそれを受けた。
 フレデリカの再婚については、ヤン・ウェンリーを崇拝する多くの人々から批判されたが、この件についてメディアから感想を聞かれたユリアンが、通常はほとんど返答しないにも関わらず、はっきりと、この再婚を歓迎する考えを明らかにしたことによって、やがて批判は下火になり、消えていった。
 フレデリカが幸福になるなら、ヤン・ウェンリーが反対するはずがないではないか、としごく当然のことをユリアンは指摘した。
 フレデリカとリンツの結婚式にはユリアンとカリン、その間の2人の子供、キャゼルヌ夫妻、あいかわらず独身主義者のアッテンボロー、同じくいまだ独り身であったバグダッシュ、介添え人としてシトレ元帥、そして今は与党の議員となっているワーレンと、お忍びでグリューネワルト大公ナイトハルト・ミュラーが出席した。
 その式が終わると、フレデリカとリンツユリアンとカリン、そして子供たちのみで、市民墓地に眠るヤンに結婚の報告を行った。
 そしてその後は、再びそれぞれの元の生活に戻っていった。
 違ったのはフレモント街のヤン邸がリンツ邸と名を変えたことと、フレデリカが未亡人のヤン夫人から、現役のリンツ夫人になったことだけであった。

Struggles of the Empire 第8章(終章) 両雄の勅令(5)

 地球は900年に及んで汚染され、そこに居住していた人々は、辺境惑星としてはそれなりのボリュームである2000万人を数えていたが、彼らの大半は地球教徒であり、ヒマラヤ山中の地下シェルターで生活をしていた。しかしその人々もワーレン艦隊による地球教本部攻撃によってちりぢりになり、地球は行政単位としては帝国から放置され、どれほどの人間がいるのかは定かではなかったが多く見積もっても5万人は上回らないであろうと思われた。
 ただし、地球表面のすべてが汚染されているのではなく、地球環境は次第次第に回復していて、一部の地域では居住可能なレベルにまで、自然浄化されつつあった。そのことをイワン・コーネフが知ったのは地球教徒本部に潜伏するために下調べをした時であって、アラスカ、マダガスカル、モンゴル、イースター島などにごく小さなコミューンが地球教とは関係なく成立していた。それらのうち最大のものが東アフリカの大地溝帯にあり、人口2000人程度の村が成立していた。
 イワン・コーネフはその妻の「コーネフのおかみさん」と共にその村にたどり着くと、周辺の荒野を開拓し、数年のうちに農場を成立させた。村人の多くも元は流浪の身であったので、コーネフたちの素性を詮索せずに、村人の仲間として受け入れた。
 他の星系どころか惑星内の他の地域ともまったくと言っていいほど交流がなく、孤立していたその村では、技術レベルは西暦10世紀のレベルにまで後退していた。畑を耕すにしても、人力で鍬をふるって耕すのであり、肥料もそれ用に育てたマメ科の植物などを堆肥として用いた。
 何事につけてもお祭り好きなコーネフは自分たちの生活が安定すると村のあれこれに首を突っ込んで、やがて村長に担ぎ上げられるのだが、それはその小さな村での小さなお話である。銀河系の他の地域では誰も知りもしないし、知ったところで耳を右から左へと流れてゆくだけであろう。
 それでもその小さな世界で、小さな日々を送って、それでコーネフとコーネフのおかみさんは幸福であった。ふたりともさいわい長寿であり、亡くなる時は多くの子供と孫、ひ孫たちに見送られて、粗末な手作りの墓に葬られたが、コーネフのおかみさんは生まれ変わるとしても、やっぱりこの村でコーネフと暮らしたいと言った。2年前に夫を見送った老婆のそれが最後の言葉であった。口にする前に息絶えたので、彼女の子供たちはその続きの言葉を聞けなかったが、「間違っても帝都で貴族の娘なんかには生まれたくない」と続いたはずであった。
 イワン・コーネフと開拓者たちが畑を広げ、収穫に一喜一憂する生涯を終えても、地球はなお辺境であった。銀河帝国は公式にはこの惑星への立ち入りを禁止していて、地球に生きる人々は、帝国の版図に生きながらも帝国とはまったく無縁に生きていた。
 それでも魚は絶え、鳥も消えたこの惑星にあっても次第次第に緑は人々の営みによって回復していった。地球の丘と言う丘が再び緑に覆われる頃、この惑星は再び、生命の聖地としての実質を取り戻すのかも知れない。銀河系規模で見れば、ほんの一瞬に過ぎないイワン・コーネフ一代をかけてもそれは途方もない先の話であった。けれども、種をまく人がいる限り、いつか花は実を結ぶ。99億回失敗しても、最後の一回成功したならば、それは確実に未来につながってゆくのであった。